創造的な美術活動のための「枠(ルール)」
「アート表現は何をやっても自由」ではありません。 「アート表現は何をやっても自由」などという人がいますが、もしそうなら恐ろしいことです。 美術館に行ったら、いきなり絵の具を頭からぶちまけられ、「これが私の表現だ!」〉なんて言われたら...
「アート表現は何をやっても自由」ではありません。 「アート表現は何をやっても自由」などという人がいますが、もしそうなら恐ろしいことです。 美術館に行ったら、いきなり絵の具を頭からぶちまけられ、「これが私の表現だ!」〉なんて言われたら...
私が、生徒に「もう学校に行かないでイイよ!」っていうときの意味は、 「君への評価はもう、100点満点以上だよ」という気持ちを込めています。
人として生まれて初めて表出されたものが「泣く」。初めて表出された創造物が「うんち」。 「泣き加減によって、母の反応や対応が変わるらしい」 その加減をコントロールすることが表現へと進化する
子どもたちのアイデアには日々驚きます。 「サンタクロースはみんなに毎年プレゼントを持って来てくれるよねえ!」「サンタクロースに素敵な絵を描いてプレゼントしよう!」 一人一人ユニークな表現に感心する中で、一人の男の子が・・「私はこんな風に描かれたサンタクロースを見たことがない。」 サンタクロースはどこにいるんだろう?
美術教室の先生をはじめ、自身がピーターパン症候群であることに気づく。脱ピーターパンへの挑戦。
立派な芸術家になりたいのであって、美術教室の先生になることが目的ではない。 生活の糧としてはじめた美術教室の先生だが、ピーターパン症候群のままでは務まらない。 脱・ピーターパンの始まり。
仕事のためとはいえ、内向的な性格を外交的な性格に変えるなんて無理! それどころか、当時の私は、大人になれない永遠の少年・ピーターパン症候群でした。 そんな無責任な大きな大人が、子どもを預かる仕事のために大人になるのは至難の技。
屋嘉部正人が美術教室の先生になったルーツについて30年後に振り返る。
さて、芸術による教育の会ではいよいよ各地域において展覧会が始まります。 展覧会は、生徒と保護者さまにとっては「ハレ」の舞台にあたります。私たち教師は、生徒と保護者さまにとっての展覧会であるという基本的な姿勢で臨みます。 ...
小学校中学校での生徒たちへのアンケートで「嫌われる先生ってどんな人?」という問いに、「えこひいきをする先生!!」がワースト1位だそうです。 「依怙贔屓とは、自分の気に入っている者や、関係のある者だけの肩を持つこと」(大辞林)とのことです。 ...