研究ノート

芸術による教育の会研究部長:佐藤かよこ

芸術による教育の会副理事長:寺尾憲

固着と退行

 退行とは成人した大人、又は成長の途中の、ある時点において、それまでに発達した状態や機能、あるいは体制がそれ以前のより低次元の状態や機能・体制へ逆戻りすることを言います。

 子供を育てる上で一番身近でお母さん方に関係の深いものは時間的退行です。これはいわゆる 『赤ちゃんがえり』といわれるもので、未熱で幼児的な世界へ後戻りすることを言います。自分が生活している場で何らかの拒否(欲望や願望の阻止)に出会うと、過去の固着点に引かれて退行が生じます。精神分析者のフロイトの説によれば、固着点というのは幼児期に本能発達の途上で、特定のりピド一(性愛のエネルギ一)や自我機能がとり残されているところということです。

 自我の発達について言えは、幼児期の心的葛藤が未処理のまま解決されないまま抑圧されている場所なのです。この場所を固着点と呼びます。この固着点が、成人してからのいろいろな神経症の原因になっていると言われています。

 各種の心理テストは、この固着点の時期や状態を知るために作られたものなのです。

幼児においての退行現象は、育児の経験のあるお母さま方には思い当たることが多くあると思います。

 一番わかりやすいのは、第一子(長男、長女)が成長して幼稚園に入り、やれやれとひと安心しているところに第二子が誕生します。元気で幼稚園に行き、排便・排尿のしつけ、手洗い、衣服の脱着もきちんと出来ていた子供が、ある日からそれらができなくなって、『赤ちゃんがえり』をしてしまいます。

 こんなはずではなかったと、お母さま方は『このまま甘えさせてはいけない。見過ごしたらだめになる』と考えて、やっきになって子供を叱咤激励しています。幼稚園の先生もどうしたんだろうと気をもみだします。子供は、意欲がなく、おもらしをしたり、泣いてばかりといったことが目立ってきます。

 これは、赤ちゃんの出現によって、今まで何の障害もなしに得られていた母のやさしい愛が得られなくなった結果『夢よもう一度』という願望にしがみついているからなのです。だから赤ちゃんのようになれば、お母さんがやさしくかまってくれるという、居心地のよかった段階への後戻りが始まるのです。

 このところを察してあげて、赤ちゃんが生まれても『あなたはとても大切なのよ、とても愛しているのよ。』というお母さんの愛を確認する機会を生活のなかでたくさんつくる努力をすれば、すぐにお母さんの期待どうりに回復します。

 これまでの園生活で問題行動をもつ子供の8割は、このパターンに属します。赤ちゃんばかり可愛がって、自分はかまわれないで、放り出されてしまうのではないかという不安感が固着点となり、退行現象を起こし、お母さんや先生をヤキモキさせる訳です。

 子供の退行現象と固着点の因果関係は、ほとんどがここにあると言っても過言ではありません。この固着点を早い時期に気がついて回復してあげないと、それがそのまま子供の内部に抑圧され、固着点として残り、大人になってまでいろいろな神経症の原因になってしまうと言われています。